雨音がきこえる #6


「それは…ダメだ…」

呼んでいいのは、ひとりだけ。

「もうっ。バカバカし〜っ」

空いていた隣のベッドから枕が飛んできた。

「忘れてっ!」

ジローが深くため息をつく。

「ちょっと…弱ってるアトベがぁ、すっげー…キレイだったから…気の迷い!!」

そう言うとそのまま後ろを向いてしまった。

「ジロー…」

「さっきみたいなカオ、他で見せちゃダメだから!分かった?」

長年の付き合いだ。

やはり声音でわかる。

「ふ…っ。オマエにそんなこと言われるとは思いもしなかった」

返した言葉は、突然の告白とこのオレ様を窘めたことの両方に対する気持ちだった。

少し楽になれた気がしたら自然に笑えていた。

「…アト…ベ」

激しく瞬きをさせてジローが赤い顔でこっちを見ていた。

「はぁ〜っ、もぉ…、犯罪的…。そんなカオされたら…。忍足っていっつもこんな気分なの…」

ジローは苦笑いした。



近頃は天気が良かった。

もう雨は降らないんだろうか…。

梅雨が明けたとはまだ発表されていないが、暑い日が続いている。

アイツがいなくても日々は過ぎていく。

変わらず授業を受け、放課後には部活があり疲れて家に帰る。

なんてことのない普通の日々。

───今まで雨に濡れ鮮やかに咲いていた紫陽花も、このところの晴天続きで渇いていた。

・・・欲している、恵みを。

それは、とてもオレに酷似している。

1ヵ月なんて、すぐ過ぎると思っていた。

もう1日1日を過ごすことすら苦痛になっているなんて、アイツは思いもしないだろう。



───また数日が過ぎた。


自室にある、深紅のベルベットの背もたれに身体を預け、凝った彫刻を施したフレームに肘を掛けて鳴らない携帯を眺めていた。

手に取っては机に投げ出した。

あの低く優しい声が聴きたい。

オレの名前を呼べよ。

毎日うぜぇほどの甘い囁き。

耳から身体が熱くなるあの瞬間。

「……くっ…」

広がっていく疼きにその衝動は押さえられず、一度も鳴らしたことのない携帯番号を着信履歴から呼び出していた。

その日付けはもう随分前のものになっていた。

発信ボタンを少し震えた指で押し、耳元に携帯を押し付けた。

・・・喉が渇く。

呼び出すためのコール音が数回鳴った。

プツ…と、コールが途切れた。

「……っ」

名前を呼ぼうとしたが声にならなかった。

着信から相手は分かるはずだ…。

忍足の声を息をすることもせず待っていた。

しかし、電話口から聞こえてきたのは無機質なオンナの機械音だった。

─電話に出ることができないアナウンス。

最後まで聞くことなく通話を切った。

「…バカみてぇだな」

深くため息を吐き、携帯を閉じた。

こんなにどうしようもない程弱ってしまった。

どうやって分からせてやろうか。

今すぐここに来いよ・・・。


「──景吾様、どちらへ行かれるのですか。もう遅いので、宜しければお車をお出し致しますが?」

階段を下り、上着を羽織りながら重厚な玄関のドアに手を掛けた時、後ろから控えめに声が掛かった。

「いや…、必要ねぇ。すぐ戻るから」

「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」

外に出ると雨が降り始めていた。

霧のように細かい雨。

頭を冷やすにはいいだろう。

傘は持たず、歩き出す。

向かう先は決まっていた。

ここからそうは遠くない閑静な佇まいのマンション。

中学生の一人暮らしには少々贅沢なものだが。

・・・雨は久しぶりだった。

次第に頬を濡らし、纏まった雫は顎を伝い落ちていく。

気がつくと雨は、髪から首、肩、指、足の先まで濡らしていた。

人気もまばらに傘を差す人は足早に通り過ぎていく。

夜も10時をまわっていた。

忍足のマンションに着く頃には音を立て、空は黒く、暗い雨雲に覆われ大粒の雨が降っていた。

                           続く

☆まだ病んでますね…。
 もう少しでラストになります。
 おつき合い下さると嬉しいです。