雨音がきこえる #5
「ねぇアトベー?」
相変わらずのマイペース振りでジローが話し掛けてきた。
「あん?」
ふいに肩に触れられる。
「…後ろ姿の線がぁ、細くなった。アトベ痩せたでしょ」
特別、体重など気にもしていなかった。
でも最近は確かに食べれていない。
──アイツがいなくなって2週間が経っていた。
やはり連絡はなかった。
「やっぱ…忍足のせい?」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ」
ジローは宍戸と一緒で付き合いが長い。
誰にも気づかれないようにしてきたが…。
後ろの席で寝てばかりいると思っていたら、しっかりと見てやがる。
「何もねぇから…気にすんな」
軽く微笑んだつもりだったが、上手く笑えてなかった気がした。
「…アトベ…」
ジローが心配そうに見つめていた。
「なぁ、カバジ」
「ウス…」
雨も日が経つにつれ、間隔を空けて降るようになり梅雨明けも目前だった。
部活は基礎練の日が続いていたが、これでようやく身体が動かせる。
「コートに入れ。相手しろよ」
「ウス」
ベンチから立ち上がった瞬間、目眩に襲われたがすぐ態勢を立て直した。
「跡部さん…」
「…大丈夫だ。本気で来いよ、手ェ抜くんじゃねぇぞ」
どうやらシャレにならねぇところまで弱ってきちまったみたいだ。
笑わせる。
雨続きの後の日射しは夕方になっても鋭く、思いのほか体力を奪っていく。
コートに向かい歩き出した時、
「跡部さんっ」
「…跡部っ!?」
樺地がめずらしく大声でオレの名を呼んだ。
・・・なんだ・・・?
宍戸や岳人、ジローまでもが大声で。
足元から崩れる感覚があった。
・・・そして・・・意識を手放した。
気がつくと保健室のベッドの上にいた。
「……っ…」
何をやってるんだオレは…。
自分の情けなさに吐き気がした。
起き上がるとベッドの脇で顔を伏して寝ているヤツに気づいた。
「ジロー?」
確認するように声を掛けると、目を擦りながら顔を上げた。
「あー…アトベ」
「何してんだオマエ。ずっといたのかよ…?」
「カバジが『自分がここに残ります』とか言っちゃってたんだけど!一応先輩の権限で帰したっ」
得意げにそう言うが、樺地の真似は全く似てなかった。
正直、ジローは肩肘を張る必要のない相手だったので今のオレにはちょうどいい。
「悪かったな…」
自然とそんな言葉が出た。
「アトベのそんなカオ、今まで見たことないし」
ベッドの脇で頬杖をついて不満げに口を尖らせた。
「それってやっぱ忍足でしょ」
そして言葉を続けた。
「一度ガックンとこに連絡あったらしいじゃん?なんでアトベにはないの?」
ジローは、覗き込んでオレの顔をじっと見た。
「ヒドくない?忍足。 でもアトベだって、自分から連絡したらいいじゃん」
確かにそうだ。
分かってる。
でも、岳人にだけ連絡があったことだけじゃなく。
今までは必ずアイツから連絡してきていた。
だから尚更・・・できない。
「そんなに忍足が好きなんだ?」
「…え」
ジローの顔が近づき軽く口唇が触れた。
オレの襟元を引き寄せた手はそれとは相反して強く握られていた。
「なんで忍足なの?」
まっすぐな瞳で。
「オレの方がずっとアトベを好きだった!…なのに忍足ってば2年になって急にやってきて!アトベは誰のモノにもならないと思ってたから!だから何にも言わなかったのにっ。…ズルイ!アトベも忍足も…」
ズルイ、と言われても動きだしてしまった気持ちは仕方がなかった。
───初めは半ば無理矢理だった。
忍足の気持ちに流されたような感じだった。
何度か身体を委ねるようになり、その優しい扱いや科白に不覚にも心地よさを感じるようになっていった。
「─景ちゃん、ってオレも呼びたい…。忍足だけがそんな呼び方するなんて」
誰にも呼ばせた事もない呼び方。
突然そう呼ばれたのはアイツの腕の中。
途切れそうな吐息と意識が飛びそうなフラッシュバック。
「ダメだ」
もう一度、ゆっくり自分にも言い聞かせるように答えた。
「それは…ダメだ」
続く