雨音がきこえる #1


「景ちゃん」

いつもの、オレを呼ぶ声。

外は梅雨入りし、紫陽花の花に雫が落ちる。

雨を凌げる渡り廊下で、この声の主と基礎練の最中だった。

「紫陽花、綺麗やと思わへん?色が雨に濡れて変わっていくなんてロマンティックやろ」

「ぁん? …あぁ」

時々、思いもよらないセリフを言うこの男。

忍足侑士。

雨が降り湿度も高いというのに涼し気な顔をしている。

元々の顔だちのせいだろうか。

「景ちゃん、さすが身体やらかいなぁ」

「…んっ。てめぇが固いんだろ」

肩甲骨の当たりを忍足の大きな手のひらが触れる。

一定のリズムで背中を押され、コンクリートの冷たさが額にあたる。

それとは反して背中から触れた手から伝わる熱。

嫌いじゃない。

むしろ・・・


「景ちゃん」

改めて名前を呼ばれる。

この男仕様の呼び方。

「なんだよ」

ここには2人しかいないのに、必ず名前を呼ばれる。

いつも。

額に感じる冷たさとこの熱はそのままに、突然こう言った。

「オレな、1ヵ月間実は実家に戻るねん」

声にならずに驚いた。

本当にこんな風に驚けるんだと。

そんな事に感心しながら。

「冗談にしてはタチが悪いぜ?」

「こんなん冗談で言う訳ないやん…」

なんで、とか どうして、とか 言葉が頭を掠めたが口をついては出なかった。

「怠けんじゃねぇぞ」

「分かってる。ちゃんとやるよ、心配せんでも。…部長さん」

「……」

節目がちに微笑んだアイツはそれから口を開く事はなかった。

ただ、静かに、雨音だけがお互いの耳に聴こえるだけだった。



───次の日から忍足は学校を休学した。

窓の外の紫陽花をぼんやり眺めながら思った。

雨の音って、こんなにうるさかったか・・・。


アイツがいないだけなのに・・・。

                           続く

☆何げに続く訳です。
 小説風味は初のようなモノなので、何分大目に暖かく見てくださると。
 あまりイメージを壊したくはないのですが、ツンデレな景ちゃんを愛してますので!
 よろしくおねがいしますっ。