コトノハ


大切な言葉がある。

のどを突いて出そうな程、感じている。

たった ひとこと。

好きだ。



そのひとことが言えなくて。

・・・言わないのかもしれない。





「…っ、バカ!抱きつくなっ」

「なんで。ええやん。オレはこうしてたいねんもん」

真っ昼間のカフェテラス、それぞれのトレイにはランチのセットが見映えよく盛り付けられている。

本日のAランチは海老フライ、Bランチは鮭とほうれん草のクリームパスタ。

それに手をつける事なく、忍足はオレに抱きつく。

公衆の面前でこんなことしやがって身を持ってどうなるか覚えておけ、と忍足の無防備なつま先を踏み付けた。

あまりの突然な痛みにその抗議は声にならない。

忍足は痛みを必死に逃すため俯くが、その腕を離すつもりはないようだった。

「ゆーしッ!!テメー早く食えよっ」

いい加減見兼ねた岳人が堪らず声にした。

「…岳人、うるせぇ」

「跡部には話してねー!」

ふて腐れた岳人がランチの海老フライをザクザク刺す。

「あ、ガックン!食べ物は粗末にしたらアカンで」

その様子を横目でチラリと見て忍足は注意を促した。

「マジ早く食べないと時間なくなるし〜」

口の端をソースで汚しながら突き刺した付け合わせのトマトを忍足の前でひらひらと動かしているのは。

「ジロー」

「ん〜?」

「行儀が悪い」

跡部に怒られちゃった、とジローは肩を竦めてペロッと舌を出した。

話に関わることなく宍戸は最後のキャベツを口に運んだ。

「ホンっト何やってんだよ、テメェらはよ…」

ほとほと呆れた様子で口を開いた。

「オレ、メシの後長太郎に呼ばれてっからよ…先行くぜ」

さっさと自分のトレイを片付けてテラスを後にする。

「亮ひゃーん鳳にヨロシクにぇ〜」

もごもご口を動かしながらジローは宍戸の背中に手を振った。

「なんや宍戸はいっつもおアツイなぁ。ま、オレらも仲良しやけどな〜」

「マジでブッ殺されてぇか…」

前後に回された腕をほどき、オレは冷めてしまった昼食にやっと手をつけた。

「…食えたもんじゃねぇ…」

頼んだのはBランチ。

冷めてしまったおかげで、すっかりクリームとスパゲティの固まりと化していた。

「忍足。それと交換してやるよ」

「ええっ。そんな…景ちゃん、それもうなんかよう分からん物体になってんで?」

「…あん?誰のせいだ、誰の」

目の前にあるトレイを忍足の前に投げ出した。

「マジでオレが食うのん?…うわ〜何かめっさ固まってるわぁ」

げんなりとして肩肘をつきクリームとは名ばかりの固まりと格闘する忍足を尻目に、オレはAランチを頂く事にした。

跡部が海老フライを口に運ぶ仕種は、学食の光景とは思えない上品さだ。

何を食べていてもそうなのだが。

その様を忍足は目を細めて眺める。

手にはほぐれる事のないスパゲティがフォークにぐるぐる巻きになっていることも忘れて「景ちゃん最高」とばかりに魅入ったままだ。

各々色々な思考を巡らせたりしながら、しばらく誰も口を開かず沈黙が続いた。

ギリギリと今にも歯ぎしりする音までも聞こえそうな位、岳人の視線を感じる。

オレは何となくこの重くなってきた雰囲気にため息を漏らす。

宍戸が抜けるとこの空間は微妙なものになる。

忍足にべったりの岳人、

オレを好きだと言ったジロー、

そしてオレと忍足。

緩和剤となっていた人間がいない今、若干不穏な空気が流れていた。





                           続く

☆前回の『雨音がきこえる』続編っぽい感じです。
 またまた拙いお話ですが、お時間があれば見て下さいね〜。