キミニ ミセタイモノ


   「なぁ景ちゃん」

   「あぁん?」

   「ちょお、エエとこあるんやけど、行かへん?」

   「てめぇのいいとこなんてロクなとこじゃねーだろ?」

   ホントどこに連れて行かれるんだか分かったもんじゃない。

   訝しげに問う。

   「騙されたと思ってついて来てや」

   にっこり(それが怖いんだ)笑ってオレを誘う。

   でも、邪気は感じない気がした。

   ─もっと単純で純粋な…。


   夏が近づき陽が長くなっていた。

     部活の帰りでもまだ十分明るい。

   「もっと暗ならなアカンねん」

   そう言って少し時間を潰す為に、コイツの家
     ──詳しく言えば、ここで生活する為に借りた一人暮らしのマンションだ──
   に寄って、学生にはつきものと言える『宿題』を終わらせる事になった。

    「終わった」
   「終わってもうたな」

   学年主席の座を争う2人には他愛もない事で、数分の時間を要しただけだった。

   「なぁ。どこ連れてく気なんだよ」

   「…せやなぁ。ぼちぼち暗なってきたし、行こか」

   「またアレかよ」

   「アレやで。お坊っちゃんな景ちゃんには悪いけどな」

   ‘アレ’とは、忍足愛用のママチャリだ。

   後ろに乗る方は途中で必ずケツが痛くなる。

   外に出ると陽が陰り、風が冷えた空気を纏っていた。

   「しっかり捕まっとりや」

   ぐん、と視界が動きだした。

   忍足と知り合うまで自転車の後ろになど座った事がなかった。

   こんな不安定な場所は人が乗るもんじゃねぇ、そう思っていた。

   ─しかしどうだろう。

   意外に悪くはない。

   確かに座り心地は悪いが、前方は広い背中が邪魔して見えず、風を切って走り
   どこへ向かっているのか分からないところに魅力さえ感じていた。

   幼少の頃から外出先が不鮮明な事はなく、運転手付きの自家用車が目的地まで送り
   届けてくれた。


   「曲がるでー」

   左に大きく弧を描くと、少し空気が変わった気がした。

   もうどの位走っただろう。

   暗くても、道路がアスファルトから土に変わったのが分かる。

   人気がなく暗い道。

   「大丈夫かよ…」

   少し不安がよぎる。

   まさかこんなとこまで連れてきて…。

   「景ちゃん強う握りすぎ」

   「てめぇがこんなワケ分かんねぇとこに連れてくるから!
    …道はガタガタだしケツ痛ぇし!」

   「もうすぐ着くよ」

   その声は優しかった。

   言葉通り、暫くしてブレーキが掛かる。

   耳を澄ませるとすぐ近くで川が流れているようだ。

   この東京で、こんな場所があるんだと感心するほど、静かで都会の喧騒を
   感じない。

   「景ちゃん、見てみ」

   傍らに自転車を置き、川に架かる小さな橋へと移動する。


   ふわ ふわ と点灯する小さな光。

   数は少ないけれど。

   「これって・・・螢?」

   「きっと景ちゃんは見たことないやろって思って」

   その満足げな横顔とすぐ手が届きそうな螢を眺めながら。

   「あぁ、ねぇな…初めてだ」

   創りもののような鮮やかなライムグリーン。

   初めての光景に魅入っていた。

   「綺麗やけど儚い色に見えへん?」

   忍足は愛おしいものを見るように目を細めて。

   「たった数日の間に命を掛けて、唯一の相手を探すんやなぁ…」

   「…あぁ」

   2人の視線は交わることなく。

   「たった…ひとつだけの…」

   ただ。

   静かに。

   すぐ傍の存在を確かめるように・・・



   ───オレたちは、まだ・・・14で・・・




   ☆今日ホタルを見に行ってきました。
    ホントにとても綺麗で。
    そんな綺麗なものを見ているのに、つい忍跡の話に繋げてしまう自分に
   「末期」を感じつつ。
    曖昧な感じのお話でしたがどうでしたか?
    イメージは切な甘い感じでした。